1990年代前半まで、ディスクゴルフ用ディスクは、ベースプラスチック(InnovaのDX、DiscraftのPro-Dなど)のみで展開されておりました。
今では、硬く耐久性に優れた素材や滑りにくい感触の素材、柔らかくクッション性の高い素材や耐久性や形状を維持したまま軽量化した素材など、ベース素材より一部分の性能に特化した、あるいはステータスの全てが高水準で安定したプレミアム(高品質/ハイグレード)プラスチックと言われる素材が数多く開発されています。高質なガラスのように透き通った素材や簡単に折り曲げる事が出来るのに耐久性が高い素材が当たり前の様に製品化していますね。
各素材による特徴的な性能の他にも、素材毎に若干の飛行軌道の変化もあり、素材選びはプレーヤーがメインディスクを決めるうえで大切な選択の1つになっています。
各ブランド合わせて数百種類にもなるプレミアム素材の元祖、初めて耐久性の高さを売りにした素材を製品化したのが、今回紹介するMillennium Golf Discs(以下:Millennium)です。
素材追究の草分けであり、Innova社が開発したディスクゴルフ用ディスクの芽を、沢山に枝分かれした大樹へと成長させた革命的なブランドの1つといえます。
2010年以前、日本で150クラス(ディスクの重量が152.0g以下)の規制があった時からInnovaと同様に軽量ディスクを多く生産していたので、日本国内においても使用しているプレーヤーが多く昔から愛されてきたブランドの1つです。
Millennium Golf Discs特集では、創設者やディスクに書かれている表示の見方など、Millenniumに関わる多くの情報をまとめています。
長い内容となりますが、空いた時間にのんびりとお付き合い頂けましたら幸いです。
Millennium Golf Discsとは
Millenniumは数少ない20世紀創設の老舗ディスクゴルフブランドの1つです。(※1)
フリースタイルの世界チャンピオン(1984年・1985年)のJohn Houck(ジョン・フック)と、Innovaの共同創設者でありPDGA Disc Golf World Championshipsを優勝した(1982年・1985年)Harold Duvall(ハロルド・デュバル)が1995年に創設したブランド。当時市場で多く活躍していた素材より、更に耐久性の高い素材を同社のベース素材とし、同年にパター1種類、ミッドレンジ1種類、ドライバー2種類の計4種類のディスクがPDGAで承認されました。John Houckはコースデザイナーとして200以上のコースのデザインやコンサルティングをしており(2021年時点)、Millenniumのディスクラインナップの多くはコースデザイナーの視点で考えられた「コース内で1番必要とされる軌道を作り出す形状」に集約されております。
耐久性が高くコースの理に適ったMillenniumのディスクは直ぐに世界中のプロプレーヤーが使用するようになり、その人気を象徴する出来事として、フィンランドで行われた最初のディスクゴルフブランドのチーム契約がMillenniumでした。これは北欧でLatitude64°、Westsideが創設するより約10年も前の事です。
2020年春頃、コロナ禍によって大会数が減少した際には、プロプレーヤーやメディアを支援する為に、特別なスタンプを施したディスク(シグネチャーエディションやリミテッドエディション)を販売し、その売り上げの一部を各プレーヤーやメディアに直接還元する活動を行っていました。(※2)
Millenniumの流通と運営は、2011年からカンザス州のDiscs Unlimited(※3)へと引き継がれた事で、それまで以上に多くのプレーヤーへと認知度を広める事に成功しています。初心者からプロまで万人に実用的なディスクを数多く発売し、世界中のプレーヤーに愛され続けるMillennium Golf Discsは、積み重ねてきた経験と信頼を武器にこれからも業界を牽引していくブランドの1つです。
ディスクにスタンプされている表示について
Run number(ランナンバー)
Millenniumのディスクの特徴的な部分は、他のブランドのベース素材に値するプラスチックブレンドが無い事と、一部の例外を除き各ディスクにランナンバー(製造番号)が分かりやすく表示されている事です。
ディスク製造は最終製品までの過程において、完全完璧に同じ仕上がりとなるのは非常に難しく、僅かな違いが発生する事が多い作業です。ディスクゴルフは繊細なコントロールを必要とする競技でありながら、重要となるフライングディスクはラウンド中に発生する傷や凹み、そして環境の変化以外にも生産の段階で軌道に個体差が生じる可能性がある為、せめてプレーヤーが幾つ目に製造したディスクか分かるようにとデザインされたのがMillenniumのRun number表記です。
例えば「RUN 1.5」と表記されているディスクは1つ目の金型を使用した5回目のロットである事を表しています。同じ金型で「RUN 1.1」「RUN 1.2」「RUN 1.3」と数字が進んでいきますが、金型が変わった場合には左側の数字が変わり「RUN 2.1」「RUN 2.2」と進んでいきます。
北欧の過酷な条件に合わせて作られたOmega super softは2022年現在「RUN 1.50」が発売されており、1つ目の金型における生産が50回目を超える人気パターです。
(2020年11月に発売されたOmega4は、Millenniumの人気パターOmegaの4つ目の金型)
LS/LF/MS/MF/AP
Millenniumのディスクの名前には「Orion LF」のように、名前の最後にLFやLSといった単語が付いているものが多く、これは各ディスクの種類や軌道を表しており、それぞれ「LS (Long Straight)」「LF (Long Fade)」「MS (Mid-Range Straight)」「MF (Mid-Range Fade)」「AP (Approach)」です。
また、円や曲線を矢印が通過しているイラストも、そのディスクがどのような飛行をするのかを大まかに表したマークとなっています。
2009年頃からInnovaが取り入れた、ディスクの飛行を4つの部類に分けて表示するフライトナンバー(フライトレーティングシステム)が主流となる以前、各ディスクがどのような飛行をするのか一目で分かるようにした工夫で、2006年に発売されたOrion LFを最後に、その次の2011年に発売されAstra以降、フライトナンバーが主流となった後に誕生したディスクには上記単語を表記した名前は御座いません。(2022年現在)
(矢印のイラストでそのディスクがどのように飛行するかを簡単に表しています)
Q
「Q-MEGA」や「QOLF」など、頭に「Q」が入った単語がスタンプされているディスクは、Quantum(クァンタム)という頑丈な高品質素材を成形したディスクである事を表しています。中心に大きくスタンプされておりますが、正式なディスク名では無く、「Q-MEGA (Quantum Omega)」「QMS (Quantum Aurora MS)」「QOLF (Quantum Orion LF)」「QPLS (Quantum Polaris LS)」など、素材+ディスク名を略した表記です。
殆どの場合はイラスト内にディスクの正式名称も合わせてスタンプされています。
Play Smart. Keep It Simple. Throw Millennium.
こちらはMillenniumの企業理念です。「Play Smart.」は、あらゆる飛距離とスローの種類を高いレベルでコントロールできる、誰が投げてもそのプレーヤーにあった予測可能な結果をスマートに得るような飛行、「Keep It Simple.」は、様々なディスクをデザインするうえで、過度に複雑にしないシンプルで分かりやすい形状を意味しています。
上記企業理念は「Keep It Simple. Play Smart. Throw Millennium.」と表示される事もあります。
golfdisc.com
一部のディスクスタンプで表記されているこのシンプルなURLは、MillenniumのサイトのURLです(※4)。また、検索エンジンに「golfdisc」と入力して検索した場合でも検索結果の1番上にMillenniumのサイトが表示されます。(記事公開時)
※4)因みにdiscgolf.comはディスクゴルフブランド「DGA(ディスクゴルフアソシエーション)のURLです。
2人の創設者
ここではMillenniumの創設者であるJohn Houck(ジョン・フック)とHarold Duvall(ハロルド・デュバル)についてご紹介します。
John Houck(ジョン・フック)
John Houckは1975年頃からディスクスポーツを始め、1984年と1985年にはFreestyle Frisbee World Championに2年連続で輝いた凄腕のフリースタイルプレーヤーとして知られています。
そして、ディスクゴルフ界ではコースデザイナーとして最も有名な人物の1人であり、2021年時点で200以上のコース設計やコンサルティングに携わっております(※その内120以上のコースがJohn Houckのソロデザイン)。その多くがDGCourseReviewやUdiscなどの人気コースランキングで上位に入る最高のコースです。
1984年からCircular Productions(サーキュラープロダクションズ)という会社を設立し、ディスクゴルフを普及する為のイベントや製品、サービス、そしてディスクゴルフを通じて地域社会の向上や繁栄に力を注いできました。1994年から1996年までPDGAの理事を務め、1998年から2014年までディスクゴルフ財団の理事長を務めています。1990年代にディスクゴルフ初の教則ビデオを製作したのもJohn Houckです。
John Houckの考案で始まった国際的なディスクゴルフ普及イベントであるWorld’s Biggest Disc Golf Weekend(WBDGW)は1991年から2014年まで開催され、この間に世界17カ国135都市で10万人以上の人々がこのイベントを通してディスクゴルフに出会ったと推定されています。
WBDGWと同年に始まったPDGA Amateur World Doubles Championships(PDGAアマチュア世界ダブルス選手権)(※5)もJohn Houckによって創設された大会で、今でもトーナメントディレクターはJohn Houck本人が行っています(2019年時点)。
※5)旧大会名はPDGA PDGA National Doubles Championships(PDGA 国際ダブルス選手権)
1998年にはディスクゴルフ界の殿堂入り、2020年にはフリースタイルフリスビー界の殿堂入り果たし、2つ以上のディスクスポーツで殿堂入りを果たした人物は非常に少なく(※6)、この大きな功績からもJohn Houckがどれだけディスクスポーツに情熱を注ぎ愛してきたかが分かります。
※6) ディスクゴルフナビ調べで確認出来た「2つ以上のディスクスポーツで殿堂入りを果たしている人物」はJohn Houck、Crazy John Brooks、 Dan “Stork” Roddick、Irv Kalb、 Jim Kenner、Ken Westerfield、Mary Lowryの7人でした(2021年時点)。
Harold Duvall(ハロルド・デュバル)
1970年代からディスクゴルフを始めたHarold Duvallは、1980年頃にPDGAの大会へ出場し、1982年の第1回PDGA Disc Golf World Championshipsで初代チャンピオンに輝きます。
1983年にはDave Dunipace(デイブ・ダナペース)と共同でInnova Champion Discsを創設。
Dave Dunipaceの考案した空気力学に基づくBeveled-rim(ベベルドリム)構造のフライングディスクは、今も続くディスクゴルフ専用ディスクの形状として唯一無二の存在です。Dave DunipaceとHarold Duvallのディスクゴルフに対する情熱から始まり、以後世界最大のディスクゴルフブランドとなったInnovaの創設は、ディスクゴルフを多くの人が熱狂し憧れる1つのプロスポーツへと変えていきました。
1985年にはWFDF World Championshipsで3位に、同年、PDGA Disc Golf World Championshipsにて2度目の優勝を勝ち取り、その後、ディスクゴルフの発展に大きく貢献した功績から、1994年にディスクゴルフ界の殿堂入りを果たします。
Innovaの開発したディスクゴルフ専用ディスク、Millenniumが販売したプレミアム素材ディスク、そしてディスクゴルフコースや周辺用具など、多くの発展にはHarold Duvallのサポートがありました。彼はディスクゴルフを世界中でプレーされるスポーツへと成長させたパイオニアの1人です。
Millennium社とInnova社
Millenniumのディスクの裏面(ボトム)にInnovaと記されているのはご存知でしょうか。InnovaがサポートするプレーヤーはMilleniumのディスクを使用する事も出来ます。
MillenniumのディスクはInnovaの工場で製造されており、Millenniumがマーケティングをし、ディスクの設計はInnovaのCEOでありディスクデザイナーであるDave Dunipace(デイブ・ダナペース)が中心となり行っています。Millenniumではそれら設計された金型からどれを生産するか決めて、自社ブランドの製品として販売しているのです。
このような経緯からMillenniumのディスクの中にはInnovaのディスクの金型を組み合わせて新しいディスクへと作り上げたものも一部存在します(※7)。
※7)QMSはSharkのトップとStingrayのボトム。JLSはTeeBirdのトップとGazelleのボトム。Orion LFはStarfireのトップとFirebirdのボトムなど。
また、Millenniumが1995年に今まで出回っていたプラスチックより丈夫な素材で市場を開拓した後、Innovaが同系統のプラスチックを使用したGazelle SE(※Innova初のプレミアムプラスチック)を1997年に発売したり、Millenniumの硬質な半透明のQuantum素材が成功した後に、同じく硬質なInnovaのChampion素材が発売されたりと、MillenniumはInnovaの挑戦的な新しい素材開発の大きな役割を担っており、開発、生産、マーケティングとを互いに協力しながら、市場が求めている製品を的確に生産しているのです。
Millennium社とHyzerbomb社
Hyzerbomb(ハイザーボム)は、2011年9月にプレーヤーのWes Briscoe(ウェス・ブリスコー)とJeremy Glossup(ジェレミー・グロサップ)が設立したディスクゴルフに関するアパレルやバッグの製造販売会社で、「Hyzerbomb Flak」というディスクゴルフバッグは人気があり、常に改良を重ねシリーズ化しています。
かねてよりバッグの製造事業に興味を持っていたMillenniumは、2013年3月にHyzerbombと提携し、Hyzerbombが得意とする高品質なディスクゴルフバッグのMillenniumエディションを生産致しました。
この時期からMillenniumとHyzerbombは協力し合い、イベントツアーの開催やHyzerbombが主催するイベント「Bombs Away」の協賛をMillenniumが行ったりしています。
2013年9月からはHyzerbombブランドのディスクの製造販売を開始し、これらディスクのPDGA認可は全てMillenniumが申請をしています。
Hyzerbombのディスクラインナップは、InnovaやMillenniumで生産中止となった金型の再起用や復刻、それらをベースとした新製品の開発など、ディスクの形状や素材がMillenniumのラインナップとは違い、サムトラック付きのパター「Tank(タンク)」や、6/4/1/5のスーパーオーバーミッドレンジ「Moab(モアブ/マザーオブオールボムズ)」など、魅力ある個性的なディスクが多く、挑戦的な一面を持ちながらMillenniumに無い部分を埋める役割を果たしています。
MillenniumにはOmegaやJLSなど2000年代以前からプレーヤーを支え続ける名盤が多く存在しますが、懐かしいだけのブランドでは無く、他ブランドとの提携やイベント開催、協賛、新しいコースの開拓、そして今でも1年に1枚以上のペースで新しいディスクを発表しています。
コロナ禍ではプレーヤーやメディアを支援し、率先してディスクゴルフ業界を支えてきました。プレーヤー人口が急増し多くのイベントが再開して賑わう中、Millenniumは新しいディスクゴルフファンにとっても記憶に残る活動を積み上げて行くことでしょう。
以上、Millennium Golf Discs特集でした。
Disc Golf Naviでは今後も1つのブランドや1人のプレーヤー、1つのコースや1箇所の地域などからスタッフが面白いと思ったものや歴史的に重要な役割を果たしているものへフォーカスを合わせた特集記事を書いていきます。1つの題材を出来る限り調べて皆様へお届け出来る内容になるまで何回も修正を重ねておりますが、至らない点など御座いましたらいつでもご連絡ください。
最後までお読み頂き有難う御座います。