2021年6月22〜26日に開催されたPDGA Professional Disc Golf World Championships(以下、PDGA World)。
ジェームズ・コンラッド選手のホーリー・ショットが世界中のディスクゴルファー、スポーツファンを熱狂させたそのたった数時間前、プロ・レディース部門(FPO)でも、同じ18番ホールでドラマが起きていました。
スポーツの世界に「if」は在りませんが、もしコンラッド選手がフィールドエースではなくOBになり、マクベス選手が逃げ切りで6度目の勝利をしていたなら、この日の主役はもしかするとカトリーナ・アレン選手だったかもしれません。
ホーリーショットの数時間前、レディースでも起きていた18番の逆転劇
PDGA PRO worldの会場となったのは、アメリカのユタ州オグデンにある「Mulligans(マリガン/モリガン)」と「The Fort(ザ フォート)」という2つの常設コース。(これがほぼ常設というのが本当に羨ましい)
「スポーツで最も劇的なフィニッシュホールの設計を」とプロディジーのコースデザイナーであるJade Sewel(ジェイド・シュエル)氏が作り上げたコースは、本人の思惑通り、むしろ思惑を超えたホールとなりました。
コンラッド選手が、Pro World5回の優勝経験のある王者マクベス選手を追いかけていたその数時間前。カトリーナ・アレン選手は、同じくPro World FPO5回の優勝経験をもつ女王ペイジー・ピアス選手とのトップ争いを繰り広げていました。
まずは決勝のトップチームの選手紹介です。(2021年現在の情報)
以上、4名。
統計を得意としたディスクゴルフメディアであるUltiworldによると、FPOチャンピオンの平均年齢は27.6歳である中、このファイナルゲームの4カードは全員がその年齢を上回っていることが1つ特徴的です。
トーナメント、ファイナル手前までの動き
さっそく最終日の最終ホールの話へ行きたいところですが、その前の攻防も面白いのでかいつまんで紹介したいと思います。
初日、サークル1パットの成功率100%!素晴らしいスタートのペイジー
1日目、ペイジー選手はサークル1(10m)のパット成功率100%という驚異の精度を見せつけます。印象的だったのは、8番ホール94mのコースでのこのバーディショットでしょう。全日程あわせてたった4人しかバーディが取れていない場所です.
この初日が終了し、トップのペイジー・ピアス選手に続く2番手につけていたのは、19歳の期待の星ヘイリー・キング選手(Hailey King #81351)。この時、カトリーナ・アレン選手はトップ4に入れず5位につけていました。
2日目のリードカードはこの4人です。
この日に追い上げたのがカトリーナ選手。フェアウェイへの着地率94%という素晴らしいドライバーコントロールを見せ、2日目を2位で通過。
リサ・フェイカス選手も、このラウンドで唯一1つもボギーが無いというプレーで2位タイとなっています。
その後、また入れ替わりがあるものの、ペイジー・カトリーナの両名はトップを維持し、3日目はファイナルと同じメンバーで迎えます。
試合が動いた3日目のFORTコース
トップを走っていたペイジー選手の明暗が分かれたのは3日目の後半The Fortコースにて。珍しいとも言えるパッティングの不調が続き、11番ホールから18番まで4ボギー、1ダブルボギー、バーディがゼロ。それでも前半で稼いだバーディのおかげでトップは譲らず、徐々に上がってきていたカトリーナ選手と同スコアに並びます。
4日目(リードカード:ペイジー、カトリーナ、リサ、ヘイリー)も終え、ファイナルが始まる段階でのスコアは以下の通り。カトリーナ選手の1打リードの状態です。
Paige Pierce | 229 |
Catrina Allen | 230 |
Lisa Fajkus | 236 |
Kristin Tattar | 238 |
最終日ファイナル、フロント9での攻防
ファイナルで素晴らしいスタートを切るカトリーナ選手
最終ラウンド、1番ホールから見せてくれたのはカトリーナ選手でした。
Hole1は96m、中盤に土手のような盛り上がりがある林間コース。
高さを出すと木に阻まれ、低く出すと土手に止められます。倒木にぶつかるカトリーナ選手ですが、13mのロングパットを決めバーディに。
ここでペイジー選手に2打のアドバンテージを取ります。
オナーが前後する入れ替わりの激しい攻防
前半4、5番ホールで1打ずつ差が縮まりペイジーとカトリーナは同スコアへ。この後、オナーが入れ替わる攻防が続きます。
5番ホールは137mのThe Fortらしい林間コース。(ダーツの的のようなものがついた謎の倒木が印象に残ってる人も多いのではないでしょうか?)
今度はここでペイジー選手がロングパットを決めてここで同スコアに。
7番ホールは105mの林間投げ下ろしコース。カトリーナ選手はパーで抑えたい残り5m弱のパットです。ちょうどバスケットの高さを横切る目の前の倒木に、下からいくか上から行くか悩むカトリーナ選手。パットミスも少なくない選手ですので、冷や冷やとした空気を感じたのは私だけでしょうか。しゃがんでのスローを選択しますが、実況の「Oh no!!!」という声の通り、ディスクはゴール上部に弾かれます。
その後、8番ホールでのペイジーのダブルボギーもあり、前半が終わってのスコアは以下の通りです。
Paige Pierce | -13 |
Catrina Allen | -12 |
Lisa Fajkus | -9 |
Kristin Tattar | -4 |
最終日ファイナル、バック9でのドラマ
後半9ホールが始まります。動画で先に見たい方はこちらをどうぞ。
ゴール手前にあるトリプルマンダトリーが名物の10番ホール
Back9のスタートである10番ホールは、182m、PAR4。
なんと言ってもゴールの手前にトリプルマンダトリーの設定されたゲートがあるため、レディースではバーディが1人も出ていないコースとなります。
多くのレディース選手が、100mのティーショットの後、70mほど先にあるゲート入口に置き、そこから1アプローチ、1パットでパーセーブというプランです。
ここで、カトリーナ選手はまさかの1打目で右の池に入りOB。しかし、その直後、足場の悪い斜面から、90m先のゲート入口にぴったりと止める素晴らしいリカバリーショットを放ち、ボギーに収めます。
一方ペイジー選手は1打目で134mのティーショットの後、残りトリプルマンダを通過させる50mのアプローチに失敗。ドロップゾーンからとなり、ボギーを叩きます。ここで置いてパーだったらペイジーとカトリーナのプレーオフが見れたかも…と思わず思ってしまうホールです。
最終ホール手前も接戦
11番ホールは112mの適度な林間。
全日程で2回しかバーディーの出ていないコース。
ここでペイジー選手が13m近いバーディパットを決め、また同点に追いつきます。(ちなみにもう1人のバーディはヘイリー・キング選手でした)
次に差が出るのは15番ホール(林間95m)。
ティーからの光景がどこかに似てる…と思ったら、栃木県にある小山思いの森コースの7番ティーでした。
2本の木の先にゴールがあります。決勝カードの4人は、全員がこの木の間をストレートに抜いていきました。流石です。
ペイジー選手は完璧なティーショットでバーディを収め、-12でまたしても首位へ。本当に接戦です。
本大会の見どころ16番ホールでのペイジー・18番ホールでのカトリーナ
16番ホールでOBからパーセーブを決めたペイジー選手
最終ホールまで残すところあと3つ。
レディースのトップ選手であるペイジー・ピアス選手(-12)と、それを追うカトリーナ・アレン選手(-11)のスコアは1打差。リサ・フェイカス選手(-9)、クリスティン・タッター選手(-3)が続きます。
Paige Pierce | -12 |
Catrina Allen | -11 |
Lisa Fajkus | -9 |
Kristin Tattar | -3 |
16番ホールと言えば、コンラッド選手が3日目にエースを出し、最終日プレーオフを決した投げ下ろしのアイランドです。
結論から言うと、ここでアイランドを成功させたのは、トップ争いに加わっていてもおかしくない堅調なプレーを見せていたリサ・フェイカス選手のみ。他の3名はアイランドをミスしOB。ペイジー選手はハイザーショットで右の木に当たり、カトリーナ選手は手前の看板に、タッター選手は素晴らしいショットでしたが、着地が悪くアイランドの外へ。
OBの場合、ゴールまで約21mのドロップゾーンから3投目となります。誰もが3人のボギーを予期するこのタイミングで、ペイジー選手が、実況も「Oh my Gosh!!」と思わず叫ぶ素晴らしいジャンプパットでゴールにイン!このパーセーブにより、ペイジー選手(-12)、カトリーナ選手(-10)と2打差に。ゴールまで走り出すペイジー選手の背中を見て、彼女の優勝する姿が頭をよぎったのは私だけではないはずです。
ちなみにこのアイランド、大会中カトリーナは最初の1回だけ成功。ペイジーはこの失敗以外の2回は全て成功させています。
ペイジーにとって非常に良い流れが出来たと思ったのですが、続く林間の17番ホールで2度木に当てまさかのボギー。1打リードの状態に戻ります。
Paige Pierce | -11 |
Catrina Allen | -10 |
Lisa Fajkus | -7 |
Kristin Tattar | -2 |
最終18番ホールでカトリーナ選手が逆転に勝負をかける
1打差で迎えた運命の18番ホール。プロオープンより20mほど短い176mですが、70mの川後え、非常に狭いフェアウェイという難易度は同じ。
1投目、ペイジー・カトリーナ選手共に素晴らしいティーショットにより川と林を抜け投げやすい位置に着きます。
ここで、王者ペイジーに1打でも上回らないと勝利が見えないカトリーナ選手は、残り112mに対し大きなアンハイザーを繰り出します。繰り返しになりますが、20mの円形ラインがゴールを囲い、一歩間違えばOBという高難度コースです。
ここからは是非映像をまずどうぞ。最初の映像の方が、音があって臨場感がありますよ。
「ターンターンターン…まだターンします、まだターンしています!」という実況の通り、最後まで力強く弧を描き、最後少しだけフェードするディスク。見事インバウンズに着地し、観客から拍手と歓声が沸き起こります。
「この時、OBジャッジの緑(セーフ)の札が上るのが本当に怖かった」とペイジー選手は後から語っています。
もちろんここで試合が終わりではありません。
もっともストレスを感じたラウンドだったというペイジーにかかるプレッシャー
続いてペイジーの2投目。ゴールまでは100mほどです。本大会の3日目では、同じくらいの距離からゴール付近まで1投で寄せています(※ティーショットがOBしてDZからの3投目)。
しかし、大会中ペイジーがこのホールで出したスコアはどちらもダブルボギーの6。絶対にOBを出したくないペイジー選手は、ゴールまでまっすぐ狙える位置に置くため、パットスタイルで30mほど進んだフェアウェイに着地させます。
もう1度アプローチして、パットを成功させれば優勝、もしくはカトリーナがバーディでもプレーオフに持ち込めるでしょう。
しかし次投でまさかの事態が起こります。
ペイジー選手にとっては“たった”とも言えるオープンスペースでの70mのアプローチですが、ディスクはペイジー選手の手から明らかに早く飛び出したように見え、ゴールから逸れて左へ。スポッターが赤いOBの札を掲げました。
「自分の手からすっぽ抜けるディスクを見て絶望的に思った」と語るペイジー選手。
その後の16mパットはゴールの上部にカツンと当たり弾かれます。グリーンへ仰向けに倒れこむペイジー選手の姿があまりにも鮮烈で頭から離れません。
カトリーナ選手はバーディをも狙えたものの、確実な勝利のためにレイアップを選択。歓声の中ウィニングパットを決めます。
こうして、カトリーナ-10、ペイジー-9、リサ・フェイカス-7が表彰台に上がることになり、カトリーナ・アレン選手は華麗な逆転劇で2014年に続く2回目のチャンピオンとなりました。
「ここにたどり着くのは長い道のりでした」
と語るカトリーナ選手。彼女はペイジーのように決して昔からディスクゴルフを嗜んでいた人ではありません。バーテンダーをしていた24歳からという遅いキャリアだからこそ、コーストレーニング以外にも、ジムやフィールドトレーニングも精力的に行ってきました。彼女の引き締まった身体を見れば努力は一目瞭然でしょう。
そんなカトリーナ選手に対し、ペイジー選手は、優勝を祝福すると共に、
「(ファイナルラウンドの)45分間、これまでで最高のストレスを感じましたが、アスリートの私にとってはエキサイティングで、それがプレーをする理由です」
と語っています。
Udiscのライター・Steve Hillさんは、このレディースの試合を見た直後、「オープンの決勝もきっと面白いだろうが、このドラマを越えることはないだろう」とカトリーナ・アレン選手に自信を持って宣言したと言います。しかし、コンラッド選手がカトリーナ選手に続き、18番ホールで歓声を浴びたのはこのたった5時間後。あの発言は間違っていた(そして、間違っていて良かったと)と、Udisc「Release Point」で語る通り、本当に面白い、本当に驚かされるWorldでした。
ディスクゴルフを知らない人にも是非みてもらいたいと思いコンラッド選手の”ホーリーショット”の記事を、そして「OPENは見たけどレディースまでは…」という方にもと思い、今回の記事を残しました。
まだ名前の挙がっていない選手たちの奮闘や、ここでは触れなかったペイジー選手の誤審について、そしてこのコースが作られた話についてなど、もう少しだけ書き留めておきたいことがありますので、あと一記事分を書いて今回のWorldを終えたいと思います。もう少しだけ、どうぞお付き合いください。
参考記事
- https://www.pdga.com/
- https://udisc.com/blog/
- https://discgolf.ultiworld.com/
- https://www.dgpt.com/