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illustration by masanori.oonuma
2021年6月22〜26日、ディスクゴルフトーナメント最高峰の1つ、PDGA Professional Disc Golf World Championships(以下、PDGA World)がアメリカのユタ州オグデンにて開催されました。
約1400人の観客が見守る中、本戦の最終ホールで出た一投が「ホーリーショット-HOLLY SHOT」と呼ばれ、類を見ないほどSNSを賑わせ、またスポーツ界においても歴史に残る戦いとして、アメリカのニュース専門TVのFOXを始め、多くの一般メディアに取り上げらることになったのをご存知でしょうか?
プロディスクゴルファーがプレーオフに持ち込む信じられない75mのスローを達成-コンラッド選手のチャンピオンシップで魅せた脅威のショット–FOX NEWS
その“一投”のシーンがこちら↓
ボールゴルフのメジャートーナメントを思わせる数の観客、そしてプレーが起きた後の地響きのような歓声と、走り出し喜びを分かち合う姿。たとえこの競技を知らなくても、何か凄いことが起きた瞬間だということが伝わります。
↓複数のカメラからの映像
今回起きたことをゴルフで例えるなら、優勝に残された最低条件は「残り150ヤードからチップインさせてプレーオフ(延長戦)へ持ち込む事」。そんな針穴ほどの可能性がディスクゴルフ最高峰の大会で現実に起き、メディアを賑わせたのです。
この世間を揺るがした投者がジェームズ・コンラッド選手。王者を追いかける2番手の位置につけていたキリストを思わせる風貌のプレーヤーです。
Even James Conrad can't believe that it went in. 😳 pic.twitter.com/8iNZCWe4gP
— Disc Golf Pro Tour (@DiscGolfProTour) June 27, 2021
なぜホーリーショットと呼ばれるのか?どのような状況でプレーが生まれたのか?見ていきましょう。
最終局面でのホーリーショットと、その不可能に近いシチュエーションとは
今回の大会は発祥国アメリカの「United States Disc Golf Championship(以下、USDGC)」と共に最高峰トーナメントの一角を成す「PDGA World」。参加者279名が過去最高額となる賞金総額$173,105ドルをかけて競うビッグタイトルの最終局面で「ホーリーショット」と呼ばれるプレーは生まれました。
ラストホールを残し、絶対王者と1打差のコンラッド選手
↓先に映像を見たい方は44:19~がファイナル9ホール+プレーオフの映像です
トップグループの選手をざっくり紹介します。(2021年現在の情報)
トップグループのメンバーはこの4名。この他にも84名で最終ラウンドは行われていました。
ちなみWorldに日本人選手が出場している年もあり、中にはこの上位3名とラウンドしている日本人選手も!詳しくは記事の後半で。
残るはフェアウェイの狭い超難関コース
5日間を通して行われた試合の最終日、最終ホールを残して、現在の絶対王者のポール・マクベス選手が-39で1打リードの状況。
PAUL MCBETH ポール・マクベス |
-39 |
JAMES CONRAD ジェームズ・コンラッド |
-38 |
KEVIN JONES ケビン・ジョーンズ |
-32 |
CAVIN HEIMBURG カルビン・へインバーグ |
-27 |
1打差で迎えた最終18番ホールは、198m/Par4のコース。
PRODIGYのコースデザイナーであるJade Sewellが、「スポーツで最も劇的なフィニッシュホールの設計を」と何年もかけ作り上げたと言うホールです。
ティーから木が並ぶ川岸まで約90m、そこから残り約100mは右へカーブ、そして非常に厳しいOBラインが設けられています。ゴルフに例えるならグリーンとフェアウェイ以外全部OBといったところでしょうか。バーディ率19%と低く、ボギー以上が43%とFORTコースの中で2番目に高いのも頷けます。
一投目から離された絶望的なコンラッド選手
王者マクベス選手の一投目はまさにベストポジション。川や木をスムーズに抜け、ゴールまでまっすぐ見えています。
一方追いかけるコンラッド選手の一投目は、川岸の木に阻まれあわやOB。実況からため息の混じる「Oh gosh…」が力なく響きます。
2投目で誰もがマクベス選手の勝利を予期
コンラッド選手の2投目も、実況が「あぁ…これもちょっと短い…!」と言う通り、ストレートにゴールを狙えないポジション。
一方マクベス選手はバーディも狙える状況ですが、1打アドバンテージがあるのでリスクを取らず抑えの一投を選択。パット圏内ではありませんが、フェアウェイにしっかりと着地させます。
崖っぷちの状態で生まれた奇跡のバーディーショット
コンラッド選手の3投目、ゴールまでの距離は約75m。
※例えると、渋谷ハチ公からセンター街の入り口に置いてあるごみ箱にフリスビーを投げ入れるような感覚
経験者ならわかりますが10mでもゴールへ入れることが難しいのがディスクゴルフです。
このホールで1打でも王者マクベス選手を上回らなければ優勝への切符はありません。観客、メディア、プレーヤー、誰もが2年ぶり6度目となるマクベス選手の勝利を確信する空気の中、その奇跡は起こります。
アンハイザーショットと言われるカーブスローを投げるコンラッド選手。ディスクは弧を描きながらターゲットへ。「Getinthehole!Getinthehole!–入れ!入れ!」と観客の声と思いが揃い、誰もが「え?これ本当に入る?」と一瞬息を飲むような間の後。
カシャーンというチェーンに絡む音と共に、ディスクがカゴの中に着地します。
その直後、地響きのような歓声、思わず声を上げるカメラマン、踊り出すスポッター、ハイタッチをする観客、「NO!NO!」しか言葉の出てこない実況、「Quiet(ご静粛に)カード」を掲げたまま叫ぶスタッフ、そして両手を上げ飛び跳ね、祝福を受けるコンラッド選手という、ディスクゴルフ史上もっとも沸き立ったホーリーショットの瞬間が生まれたのです。
別の角度からの映像でもう一度どうぞ。
本当に何度見ても涙腺に来ます。
ディスクがゴールに入る気持ちよさを味わいたい方は、全国にあるディスクゴルフコースで是非体験してみてください!
この歴史的瞬間をリアルタイムで実況をしていたのが、自身もPDGA WORLDに出場経験がある菊地哲也選手(Tetsuya T2 Kikuchi #8145)。静かに試合を見守る中、あまりに急な出来事に「入った…何これ…夢でも見ているようなシーンが…」という言葉が、まさに世界中の視聴者の気持ちを代弁しているかのようです。
この後マクベス選手もしっかり寄せて、コンラッド選手と同スコアの-39でフィニッシュ。ここで、マクベス選手も直接ゴールを狙い一気に優勝を得る選択肢もありましたが、OBリスクを踏まえて“寄せる”方を選択をしたのは明白でしょう。
プレーオフの“16番ホール”にもドラマが
10分間の休憩の後、勝敗が決するまで続けられるプレーオフが16番ホールからスタート。
↓映像の通り、97mの非常に高低差のある投げ下ろし。さらに直径20mしかないアイランドに着地させなければOBというボギー率がFORTコース最大の38%という難関コース。
本大会中エースを出しているコンラッド選手
実はこの16番ホール、奇しくもコンラッド選手が2ラウンド目でエース(ホールインワン)を出したコースだったのです。3回のうち、1エース、2バーディというコンラッド選手にとって素晴らしい成績のコースが選ばれたのもまたドラマと言えるでしょう。
一方マクベス選手も、今大会で3回全てバーディとノーミスで来ており、まったくどちらにとっても有利不利はありません。この後の展開は、映像でもご確認下さい。
最初に投げるコンラッド選手は、エースを取った2ラウンド目で見せたような柔らかいスローを繰り出しバーディは確実。
この時点で絶対王者が感じるプレッシャーは計り知れません。ベンチで深いため息をしてから立ち上がるマクベス選手。サイドアームスローを繰り出しますが、完璧な着地点から少し転がりディスクはまさかの池の中へ。OBフラッグがあがり、ここで勝負がほぼ決しました。
こうして、40年の歴史の中でも4回しかないプレーオフとなった今回の歴史的トーナメントが幕を閉じました。トロフィーを受け取り、シャンパンを飲み、お祝いのハグを受けるコンラッド選手。駆け寄っている女性陣は先に試合を終えていたレディーストッププロたちです(レディースでも起きた18番ホールのドラマはこちらの記事で!)。
この活躍はこのように普段ディスクゴルフを取り上げることのない一般メディアでも取り上げられています。
プロディスクゴルファーがプレーオフに持ち込む信じられない75mのスローを達成-コンラッド選手のチャンピオンシップで魅せた脅威のショット
FOX NEWS
プロディスクゴルファーがこの競技のもっとも大きな大会で、75mのバーディショットを決めプレーオフに持ち込むというミラクルを起こす
Yahoo NEWS
ホーリーショットが、単に彼のキリストのような風貌から来ているわけではないということ、ディスクゴルフの大会がこんなにもエキサイティングであることが、競技を知らない方に少しでも伝われば幸いです。
ちなみにこのPDGA World、今まで日本からも梶山学選手、菊地哲也選手、白井一夫選手、坂井祐太朗選手、福田考一選手、塚本里香選手、川崎篤人選手、梶山能安選手など、日本人選手が出場しています。2019年には、梶山学選手(Manabu Kajiyama #8139 )所属:Prodigyが、今回決勝を争ったマクベス選手、ジョーンズ選手、そしてマット・ベル選手というトップ選手の中のフィーチャーカードの1人としてラウンド1を行っていますので、ぜひその動画もご覧ください。
さて、もう少しだけコンラッド選手の話をしましょう。
コンラッド選手がここまで祝福された2つの理由
ホーリーショットの衝撃は世界中を駆け巡りましたが、それ以外にもコンラッド選手の優勝を全世界が祝う理由がいくつかあります。
MVP移籍後初となるPDGA Worldでの勝利
Ace | Birdie | Par | bogey |
1 | 52% | 37% | 10% |
元々5年間INNOVAに所属していたコンラッド選手がMVPへ移籍したのは今年2021年。移籍後初となるビッグタイトルが今回のトーナメントでした。ディスクの相性も非常に重要なこの世界、今まで使っていたINNOVAのAvairからMVPのディスクへ切り替え、パットの手馴染みには随分苦労していたようです。そんな中、蓋を開けてみれば本戦内トップの52%という驚異のバーディ率(マクベス選手は49%)。ちなみに下記で紹介しているロブさんによると、「ホーリーショットは箱から出したばかりの未使用・新品ディスクだった」とのこと!
自身初となるWorldチャンピオンへの祝福と共に、MVPとの信頼関係も魅せてくれたコンラッド選手への安堵のような気持ちもまた、観客の中に沸いたのではないでしょうか。
紳士の中の紳士と言われるコンラッド選手の人間性
コンラッド選手の注目するべきポイントの1つが人柄。先に挙げた菊地哲也選手とゲストのロブさんのトークで、こんな面白い話があります。
ディスクゴルファー十人十色の中、コンラッド選手は「紳士中の紳士。彼を嫌いな人どころか、好きじゃない人なんて1人も居ないのではないのか。」と語るほど魅力的な人物。さらに、「スピーチでも、スポンサーよりまず先に、彼女、家族、友人、プレーヤーへの感謝を述べるという人間ファーストな人」という通り、周囲を大切にする気持ち良い心の持ち主。SNSなどもあまりせず謙虚な印象もありますね。多くの人が、彼の優勝を望んでいた、心から祝福されていたのが伝わるからこそ、映像を見るだけで鳥肌が立つようなシーンとなったのでしょう。
とっても長くなってしまいましたが、お付き合いいただき有り難うございました。
1982年に始まり一度も欠かすことなく行われてきたPDGA Worldsが、2020年はコロナの影響で中止、1年越しの大会ということで、注目度・熱気ともに高かったのも盛り上がりの要因の1つだったかもしれません。映像を見てわかりますが、マスクをつけている人がほぼ居ないことも、今回の試合の象徴的な側面だったと言えるでしょう。
これほどまでに世界を沸かせたワールド。日本のライターさんが、また違った視点で書いている記事もとても臨場感があり面白いので、こちらもぜひ。
レディースでも起きたミラクルや、セクストン選手などが居たチェイスカードのグループ、会場となったフォートとモリガンという2つのコースについてなど、他にも見どころがありますので、次回の記事でまとめて紹介したいと思います!お楽しみに。
illustration by masanori.oonuma
トップにあるアイキャッチのイラストは栃木県在住のディスクゴルファー、大沼正典さんよりご提供いただいています。ナビは大沼さんが手がけるイラストの大ファン。是非インスタグラムをチェックしてみてください。